種
種がまかれて芽が出て、成長して実が実る。何度も繰り返され、永遠にその繰り返しは続くはずだが朽ち果てる種もある。また、延々と生き残る種もある。
チャールズダーウィンの「種の起源」によれば、『生き残る種とは、最も強いものではなく、最も知的なものでもない。最もよく変化に適応したものである』
とあるように、変化に適応出来れば生き残ることはできる。
私は、継続に勝るものはないと信じて会社経営に努め、存続することが成功だと信じてやってきた。「残ったもん勝ち」の精神で。
優れていても強くても、変化に適応できなければ生き残れないなら、優れていなくても強くなくても「適応力」を磨けば生き残れるということになる。
ならば、優れていることや強いことにはそれほどの価値はないと信じ、開き直って劣等感を捨てる。そして、『適応力』を磨くこと、すなわち変化に順応するにはどうすればいいかを考えて生きればいいのだ。
零細企業の社長なんかは、その「適応力」が優れているだけで、秀でたスキルや建設的な理論やビジョンなど持ち合わせていないのではないかと思う。そういう社長はたくさんいるのだと思う。
私の周りを見渡しても、特別に勉強ができるわけ(どちらかと言えば出来ない)でも身体能力がずば抜けているわけでもなく、とてつもなく喧嘩が強いわけでもないのに、適当に儲けて羽振りを効かせている社長が結構いる。という事実がそれを証明している。
ただし、調子がいいとか場当たり的と言うのとは違うので履き違えてはいけないが。
とは言え、変化に順応するというのもそんなに簡単ではないし、変化に順応するために自分が変化するのも勇気がいるし努力も必要だ。と言うより、適当に「バカ」のほうがいいのかもしれない。
「どうすればいい?」と考えてもわからない。だからやってみる。失敗したら違うやり方でまたやってみる。そうこうするうちにあたることがある。そういう奇跡は起きるものだ。バカは往々にして痛みを感じない。だから何度も何度も挑戦する。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とはよく言ったもので、思いついたら考える前にやってみる。
そして、「スケベ」も重要な条件だと思う。スケベは妄想力を養うから成功イメージだけは人一倍豊富で、やってもやってもやりたいことは底を尽きないというものだ。心が折れないというより、心が折れる暇すらないから永遠に挑戦し続けることができる。
私もきっと、スケベで適当なバカなんだと思う。
いずれにしても、勉強もスポーツも歌もダンスも出来なくても生き残ることはできるのだ。変化を嫌わず自分の得意分野で勝負に挑み続ける。短所を嘆くのではなく長所を磨く。
そうすれば必ず成功をつかむことができる!!
そして生き残る『種』になれる!!!!
のだ!!!!!!!!
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